一昨日、カウンセリングに行った。もううつ病は寛解して、なおかつここ10年間くらいずっと悩んでいたことも幸か不幸か解消してしまって、特段行く理由もないのだけれど、月に一回くらいカウンセリングに行っている。自分はカウンセリングが好きだ。自分のアメリカ生活、留学生活はカウンセリング抜きには語れない。
今回も色々話させてもらった。大体、話そうと思っていたことは、その回のカウンセリングでは話す勇気が出ず、次かその次の回くらいのカウンセリングで打ち明けることができる。不思議だ。自分は最終的には勇気が出る。ことが多い気がする。
今回、言われて印象的だったのは「できたところまでが締め切り」ということだ。
アメリカ生活も残り僅かになり、ただなかなか英語が上達しなかったり、遊ぶ時間が確保できなかったり、貴重な時間が、指の間からサラサラと砂のように落ちていってしまうような、そんな感覚。何一つつかみ取ることができない。
うつ病が寛解してきて、アパシーが解消され、脳に意欲が戻ってきた。「あれやりたい、これやりたい」という意欲が自然と脳に湧いてくる。この「意欲が自然に湧いてくる」状態になれば、かなりうつ病が寛解したと言えると思う。うつ病真っ只中の自分は「強制的に、強迫的に意欲を頭に植え付けている状態」だった。
ただ意外なことに、強迫によって植え付けた「ネバベキ思考」も自然に湧いてきた意欲も、意外と内容は同じだったりするのだ。うつ病時は「せっかくアメリカにいるのだから、もっと英語勉強しなくちゃいけない」という焦りからくる強迫的焦燥感だったのが、寛解してくると「英語上手くなりたい」に変わる。いずれにしても「英語の上達」という部分は変わらない。そういうことがあと何個かある。
正直、残りの期間を考えると、自分の英語は中途半端な状態で留学生活が終わり、帰国と同時にそれさえもどんどん失われていく。一応、というかもちろん英語の勉強は帰国後も続けるけど、多分だが失われていくだろう。
カウンセラーの先生には「残りのアメリカ生活をより充実したものに」とも言われるが一方で「できたところまでが締め切りです」とも言われた。自分にはその言葉が心地よく、ありがたかった。
日本にいた頃、「しなきゃ、やらなきゃ」という強迫で徹底的に自分を追い込みうつ病になり、寛解後、そういう姿勢に戻らないように気をつけているけど、一方で強迫的に自分を追い込まないと何か貴重なものを失ってしまいそうな恐怖心もある。でもきっとそれは幻想であり、錯覚なのだ。
意欲が自然と湧き出る脳の健康状態をキープする。それが最優先事項。その自然に湧き出た意欲でできたことが、自分にできるマックスなのだ。伝家の宝刀「ネバベキ思考」を使ってはいけない。それは宝刀ではなく妖刀だ。使ったら呪われる。