研究職の任期制の功罪
これまでの記事はこちら。
研究生活10年目。研究に行き詰まる(Vol.1) 「ポジティブデータとネガティブデータの違いをヨーグルトで解説」
研究生活10年目。研究に行き詰まる(Vol.2) 「コロナでネガティブデータすら出ない」
研究生活10年目。研究に行き詰まる(Vol.3) 「研究分野そのものの停滞」
前回の記事でも少し触れたが、今回は10年間研究職を続けて感じる、研究職の任期制のメリットとデメリットを書こうと思う。
現在、日本だけでなく世界各国で研究職というのは任期制となっている。大学の助教のポジションで言うと、5年から10年くらいの任期であることが多い。稀に終身雇用の助教ポジションというのもあるが、基本的には任期付であると考えて良い。終身雇用性が始まるのは基本的に教授になってからなのだ。
20年くらい前までは大学のポジションというのは基本的に全てが終身雇用だったらしい。それが、なぜ任期付き雇用になったのか、いろいろ理由はあると思うが、自分が教授から聞いたのは「サボる人を減らすため」ということだ。
任期制にして、次のポジション獲得のために論文を出さなければいけない状況に助教を追い込む。そうすることで、日本の研究の競争力を高めようという魂胆だ。実際に、任期制が始まる前に雇われた助教が、全く働かなくなってしまったけどクビにできないという話はちらほら聞く。
ただ、これは助教に限った話ではなく、教授のポジションを獲得した人でも、競争で燃え尽きてしまって、その後全く研究しなくなるというのは、やはりしばしば聞くのだ。環境に甘える人は、競争に燃え尽きてしまう人というのは、どんな状況でも一定数はいるのだろう。それは仕方がない話だ。
自分自身は、タイムマネージメントがある程度できる方(だと思っている)ので、「今の任期のうちになんとか論文を完成させよう」という意識がある程度はあるが、任期があっても出せない人は論文を出せない。NIHのポスドクとしての任期は基本的に5年なのだが、まる5年働いても論文を出せないという人も一定数いるのだ。
まあ、確率の問題なので、「任期制があることで、本来論文を出せない人が30%だったのが10%に減少」みたいなことなのだろうと解釈している。任期制を採用しても0%にはならない。
個人的に任期制の最大の欠点は「ビッグテーマに取り組めなくなった」ということだ。研究にも「解明が簡単なテーマ」と「解明が難しいテーマ」が存在する。当然、「解明が難しいテーマ」の方が時間がかかるが、その分成功したときに得られるゲインも大きい。しかし、任期があると、どうしてもそういうビッグテーマに取り組みづらくなる。任期の内に論文を出さないと、次のポジションを獲得できないから、どうしてもみんな無難なテーマを選びがちだ。
かくいう自分も「解明が簡単なテーマ」だけを取り組んできたタイプの研究者だ。そして、いざビッグテーマに取り組めと言われても、どうすればいいかわからない。今の任期制メインの環境だと、無難な研究をこなすタイプの研究者は育めても、ビッグテーマを解明できるタイプの天才は育めないんじゃないかと思う。自分も10年間スモールテーマだけに取り組み続けたから、どうやって大きなテーマに取り組めばいいのか、全くわからない。
研究活動も、大学入試の数学みたいになってきた。大学入試の数学は「簡単で手のつけやすい問題から解いていき、難しい問題は捨てる」という要領の良さが必要だが、研究も任期制のために、こんな感じになってきた。
しかし、研究活動で本来大切な姿勢なのは「難しい問題を時間をかけて解く」ことなのだ。「誰でも解ける問題」というのは、解決しなくても大きなゲインが得られないことが多い。数学で言ったら「ゴールドバッハ予想」のような何百年と続く未解決問題ほど、解いた時に得られる意義が大きいのだ。でも、「5年の任期の内に、ゴールドバッハ予想を解け」と言われても、そんなことに誰も取り組まないだろう。かくして、そのような謎は人類史で謎のまま終わっていくのかもしれない。
個人的にだが、いい研究というのは、余裕から生まれる。「解けなくてもいいから、一生かけて、ゴールドバッハ予想に取り組んでみてください。その間の生活は保証します。贅沢は保証しませんが」というような姿勢が研究者業界には必要なんじゃないかと思う。
10年間研究者をやってきたが、激しい競争の中で、精神を病んでしまい、研究からドロップアウトしてしまう人もたくさんみてきた。彼らにも手がけたテーマがあったが、多くは日の目を見ることなく、研究室の内部データとして止まり、論文として公表されることはない。研究業界には、そういう「宙ぶらりんのデータ」が山のように存在している。だから任期制にどれだけ実質的な効果が備わっているのかは、自分自身疑問を感じている。
“Good health, good science”、「いい研究は健やかな体から」。
これは自分自身が学生の頃に考えた言葉だが、ポスドクになった今も正しいと感じている。自分自身もいい研究ができるように、健康体であることを心がけよう。
コメント
私もライフサイエンス系の元同業者です。
20年アカデミアの研究者をしていました。
ブログを拝見して、大変共感させていただきました。
我々は、どう生きていけばよいか難しいですね。
がんばってください。
コメントありがとうございます。
先行きは不安ですが、やれるところまではやってみようと思います。